2009年7月3日金曜日

インターフェースお化けだったPC

かつてインターフェースと言えば、PCの横の大量の穴だった。あまりに様々な穴があってどれがどのケーブルにつながるのかよくわからなかった。

ところが今や穴はケーブルだけのものではなく、DVD、SDカード、USBメモリーやアダプタ、クレードルのようなものまで挿さるようになってきた。穴の数は増えているが、シリアルになってきたために穴が格段に小さくなってきている。もう少し減るといいだろう。

最近USBの口の数が足りないと思う人が多いようだが、これもなんとかならないだろうか?HUBやドッキングステーションのような不恰好なものはあまり使いたくない。

最近売れているネットブックの穴はだいぶすっきりしている。必要最小限になっていていい。イーサの口をとってしまったマックブックのような思い切ったことをしてもいいと思う。最終製品につくインターフェースの種類はさらに自然淘汰されるだろう。

ちょっと話は違うが、日本には小型、薄型のPCがあったにも関わらず海外で受け入れられなかった。アメリカ人は大きいPCが好きだったのだろうか?そんなことはない。価格に見合っていれば売れたのだろうが、薄型PCは高かった。小型に見合う価格にするため、コストを下げるためにスペックを下げたのがネットブックだ。日本には、スペックを下げて小型で安いPCとして売るという発想がなかっただけなのだろう。小さいものは高級で値段が高いという概念から抜け出せなかっただけだ。

アメリカでスマートフォンという市場が立ち上がった理由の一つが、PCが大きすぎたからかもしれない。その隙間の市場にフィットしたのだろう。日本ではハイスペックの小型PCがあったから、スマートフォン市場が立ち上がらなかったのかもしれない。

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