2009年11月21日土曜日

LIGHT PEAKとは

IntelがSTBに入りたい。自分たちのチップセットをどうやっていれるかだ。

intelは1394を入れると高くつくからSTBから1394をとるようにFCCに要求している。ハリウッドなどのコンテンツのプロテクションとしてDTCPがあるから1394が必須になっているのだ。Intel曰く、イーサネットのようなIPベースのネットワークの方が安く、他のものとの接続性もいいという。ところで、なんでイーサネットとはっきり言わず「のようなIPベースのネットワーク」なんて言い方なのだろうか?

イーサにした方が安いのは事実だろう。ケーブルすら安くなる。でも、それならUSB3の方が安いはず。

USBにはそんなコピープロテクションがないからホームネットワークには入れないのだ。IPベースのネットワークならDLNAが使えるので、コピープロテクションも問題がない。ついでに、3メータじゃ、アメリカの家には足りないだろう。

じゃあ、そのままイーサネットを使うのか?GbEで十分か?プロトコルオーバーヘッドも考えたら、非圧縮の画像を送るには不十分だ。だったらHDMIの方が速くて画像にはいい。ところが、これも高い。そうすると、10Gb以上のイーサがいる。

ということを総合して考えると、出てくるのがLight Peakではないか!でもそうすると、最初のコストの問題が生じる。本当に光のネットワークが1394よりも安いのだろうか?速度は20倍だから単純にコスト比較するのは難しいが、同じコストならばLIGHT PEAKの方がコストパフォーマンスは上だろう。しかし、コスト面で1394と同じコストというと戦えなくなるので、Light Peakと書かずにIPベースのネットワークという曖昧な記述にしたのかもしれない。なるほど。

2009年11月6日金曜日

インテルの7並べ

インテルがNVIDIAの足止めを狙ってUSB3を遅らせたのだとしたら、NECにとってはいいだろう。その遅らせた分、彼らのマーケットでの寿命が延びた訳だから。インテルがチップセットへ載せる意思を表明している限りは、状況は悪くはならない。

それにしても、昔ゲーム理論が流行ったが、インテルのやっていることは7並べの8キーパーだ。インテルが8を置けば皆が9、10、J、とどんどん置いていくのはわかっているのに、NVIDIAに9を出させないためにわざと8を出さないのだ。で、自分はLight Peakという6から出し始める。ただ、気をつけないと、誰かにKを出されて8は結局最後まで出せず、つぶされてしまうかもしれない。

例えば、携帯にUSB以外の標準インターフェースが普及したら、USB3はつぶされてしまうかもしれない。

2009年10月28日水曜日

インターフェース統一の仕方

以前、PCはインターフェースのお化けだったと書いたが、そうやってPCがお化けになるように牽引していたのがインテルのサウスブリッジであった。ところが、将来有望なモバイルのプラットホームに関しては、インテルのチップセットがインターフェースを決める訳にはいかない。USB3.0 VS HDMI1.4の椅子とリゲームという議論もあったが、インテルがここでLight Peakを出してきた。ロングタームソリューションにしかならないが、有線インターフェースの統一化を狙ったものである。サウスブリッジに好きなだけぶら下げたPCと違い、逆にモバイルでは一個に絞ったのだろう。TCP/IPにSCSIをのせたようなiSCSIのように、10GbEの上にHDMI/USB/SATA/1394をのせたものになるのだろうが、IEEE LAN に追加する訳にもいかないので独自規格にしているのだろう。が、少なくともアナログのIPはEthernetと同じものが使えれば、規模の経済の効果が期待できるというものだ。

考えてみれば、内部バスも、PCIe/SATA/USB3と共通のアナログIPやPhysical Layerが使えるように、USB3のPhysical LayerはPCIeと酷似しているし、SATAもアナログはほとんど同じだ。

つまり有線は、内部インターフェースやケーブル長3メーター前後の短距離用途にはPCIe/USB3/SATA用Physical Layerを使い、それより長く100メーター前後のものにはイーサネットのPhysical Layerを使おうということなのかもしれない。

半導体は規模の経済効果を狙ってコモディティ化し、上位層のプロトコルレイヤーはソフトなので使いたいものを使えるということなのだろう。結局、半導体産業の人口は減り、代わりにソフトの人口が増えていくことがここからも容易に想像できる。

2009年10月21日水曜日

家に帰ったらモバイルが家電につながる

数ヶ月前、ついいにUSBメモリをデジカメに挿さない理由がわかった。たぶんサイズの問題。
USBメモリを挿すからにはそれよりも大きなものに挿すのが自然と感じるからだ。挿される側は大きいらしい。だから、PCには挿しても、携帯やデジカメには挿さず、SDカード等を使うのだ。

ビクターがUSBメモリを挿して使えるCDラジカセを発売する。このCDラジカセが私のこの考えを証明してくれた。挿す場所は、上がいいか横がいいか、裏がいいか、いろいろ悩んだに違いない。そして、結局前になったのだろう。一番無難だ。

SDカードでなく、USBメモリである理由は、iPodのようなMP3プレーヤ, smartphone等マスストレージでつながるものを聞けるようにしたかったのだろう。フラッシュの低価格化とiPhoneの内蔵フラッシュの大容量化が、それらガジェット内のフラッシュ全体の大容量化を促進し、ガジェットがポータブルストレージ化してきた。そこで家に帰ったときにつなげて音楽を聴くオーディオがほしくなったのだろう。

家に帰ったらスイッチするのだろう。ヘッドフォンから家のオーディオに、タッチパネルの画面から家のテレビに、タッチパネルから普通のキーボードに、軽めのアプリケーションプロセッサからPC用のパワフルなCPU/GPUに、3GからWiFiに、リチウムイオンバッテリから壁の電源に、、という具合に。納得だ。

2009年8月4日火曜日

無線充電と有線充電

携帯の充電において、無線充電に関する新技術が続々と紹介されており、有線充電ではmicro USBが標準インターフェースとして推進されてきている。

大学時代「無線か有線か」というテーマの宿題があったが、私の結論は、有線がなくなるわけではなく、適する場所には残るだろうという結論だった。充電においても同じだろう。モバイル等は無線にいくだろうし、サーバー等巨大な据え置き型のものには有線が残るだろう。

今はまだ電力効率の問題等あるだろうが、無線充電の技術が普及することは間違いない。最終的には太陽電池のようなもので、勝手にチャージされ続けるのが理想だろう。

ところで、直近の話ではあるが、携帯がmicro USBでチャージするのなら、デジカメも同じにしてくれると、旅行のとき助かるのだが。

2009年7月11日土曜日

PCインターフェースの高速化から

インターフェースの肝はバスパワーになるが、高速化によって大きな問題になることがある。

来年にはeSATA 6Gbps, USB3 5Gbpsとストレージの接続速度が、SATAで2倍、USBで10倍になる。ここで問題になるのは、ウィルスに簡単に感染することもそうだが、もっと心配なのはPCの中身が簡単にコピーできてしまうことだ。会社にはいくらでもPCが置かれているし、家に持ち帰られたPCなどはどうしようもない。コピーし放題だろう。

会社はシンクライアント化をさらに進め、データはサーバーにおいて閲覧のみ可とし、ディスク容量のの小さいPCを個人に使わせるようになるだろう。つまり、バックアップ用や拡張用のHDDの用途は個人の家庭用に絞られ、会社の個人端末には高速インターフェースを持たないものを選ぶことになる。

会社のPCに求められるものはパフォーマンスや容量でなく、ヒューマンインターフェースとセキュリティだ。大きいモニター、使いやすいマウスやキーボード、電話・テレビ会議機能、それにデータの出入力に制約をかけるためのセキュリティ機能だろう。

どんなセキュリティ機能が考えられるかが、おもしろいところかもしれない。

2009年7月3日金曜日

インターフェースお化けだったPC

かつてインターフェースと言えば、PCの横の大量の穴だった。あまりに様々な穴があってどれがどのケーブルにつながるのかよくわからなかった。

ところが今や穴はケーブルだけのものではなく、DVD、SDカード、USBメモリーやアダプタ、クレードルのようなものまで挿さるようになってきた。穴の数は増えているが、シリアルになってきたために穴が格段に小さくなってきている。もう少し減るといいだろう。

最近USBの口の数が足りないと思う人が多いようだが、これもなんとかならないだろうか?HUBやドッキングステーションのような不恰好なものはあまり使いたくない。

最近売れているネットブックの穴はだいぶすっきりしている。必要最小限になっていていい。イーサの口をとってしまったマックブックのような思い切ったことをしてもいいと思う。最終製品につくインターフェースの種類はさらに自然淘汰されるだろう。

ちょっと話は違うが、日本には小型、薄型のPCがあったにも関わらず海外で受け入れられなかった。アメリカ人は大きいPCが好きだったのだろうか?そんなことはない。価格に見合っていれば売れたのだろうが、薄型PCは高かった。小型に見合う価格にするため、コストを下げるためにスペックを下げたのがネットブックだ。日本には、スペックを下げて小型で安いPCとして売るという発想がなかっただけなのだろう。小さいものは高級で値段が高いという概念から抜け出せなかっただけだ。

アメリカでスマートフォンという市場が立ち上がった理由の一つが、PCが大きすぎたからかもしれない。その隙間の市場にフィットしたのだろう。日本ではハイスペックの小型PCがあったから、スマートフォン市場が立ち上がらなかったのかもしれない。